なぜ群の公理は「この3つ」なのか
結合法則・単位元・逆元.教科書はこの3つを天から降ってきたかのように提示しますが,なぜ他でもないこの3つなのでしょうか.公理を増やしたり減らしたりして,群の定義の「ちょうどよさ」を探ります.
代数学の教科書を開くと,群の定義はたいてい次のように書かれています.
結合法則:
単位元の存在: なる が存在
逆元の存在: なる が存在
しかし,ここで教科書が語らないことがあります.なぜこの3つなのでしょうか? 2つでは足りないのでしょうか.4つにした方がよくはないでしょうか.この問いに答えるために,公理を「削る」方向と「足す」方向の両方を試してみましょう.
1 公理を削る — 何が失われるか
群の公理から1つずつ条件を外すと,別の代数的構造が現れます.
逆元を外す:モノイド. 結合法則と単位元だけを要求した構造をモノイドといいます.
モノイドでは「方程式が解ける」とは限りません.群の公理における逆元の存在は,まさにこの「方程式がいつでも解ける」ことを保証しています.
単位元も外す:半群. 結合法則のみを要求した構造を半群といいます.
半群では「何もしない操作」すら表現できません.つまり恒等変換の概念がないのです.
結合法則も外す:マグマ. 演算の閉性だけが残ったもの,つまりしか要求しない構造をマグマといいます.ここまで来ると有用な定理がほとんど証明できません.が起こりうるので,という式すら曖昧になります.
2 公理の階層を整理する
ここまでの議論を整理しましょう:
各段階で「できること」が増えます:
結合法則 → 括弧を外して と書けます
単位元 → 「何もしない」を表現できます
逆元 → 「元に戻す」操作が常に存在します
3 公理を足す — 可換性は要るか
逆に,4つ目の公理を足すとどうなるでしょうか.最も自然な候補は可換法則()です.
整数の加法はアーベル群です.しかし,群論で最も面白い対象の多くは非可換です.
可換性を要求すると(),(),ルービックキューブ群などがすべて排除されます.つまり対称性を記述する道具としての群の力が大幅に損なわれてしまいます.
4 「ちょうどよさ」の本質
群の3つの公理は,次の意味で最小限かつ十分です:
最小限:どの公理を1つ外しても,「方程式 が常に一意に解ける」という性質が崩れます.
十分:この3つから,消約法則()をはじめ,群論の豊かな定理体系が展開できます.
開放的:可換性のような追加条件を課さないことで,対称群,行列群,変換群など,非可換な対象も包含します.
5 まとめ
群の公理が「この3つ」であることは偶然ではありません.結合法則・単位元・逆元の3条件は,「演算が括弧によらず,何もしない操作があり,どんな操作も元に戻せる」という最小限の要請を定式化したものです.これより少なければ道具として弱すぎますし,可換性まで要求すれば応用範囲が狭すぎます.群の定義は,数学者たちが200年かけて磨き上げた,絶妙なバランスの上に成り立っています.