「次元」という言葉は日常的にも使われます.「3次元空間」「4次元時空」など.しかし,線形代数における次元の定義は思いのほか深い問いを含んでいます.
1 直感的な「自由度」
R3の各点は(x,y,z)の3つの数で指定できます.つまり「自由に動かせるパラメータが3つ」あります.これがdimR3=3の直感的意味です.
しかし問題は,パラメータの取り方は一通りではないということです.
R2 において,標準基底 {(1,0),(0,1)} を使えば2つの数で点を指定できます.しかし基底を {(1,1),(1,−1)} に取り替えても,やはり2つの数で指定できます: (3,1)=2⋅(1,1)+1⋅(1,−1)
基底を変えてもパラメータの個数は 2 のまま — これは自明ではありません.
2 基底の元数は一定である — Steinitz 交換定理
「どの基底を取っても元数が同じ」ことの証明が,次元の理論の核心です.
V をベクトル空間とします.{v1,…,vm} が V を生成し,{w1,…,wn} が線形独立ならば,n≤m が成り立ちます.
この定理が言っているのは,線形独立な集合の元数は,生成系の元数を超えないということです.
具体例で見てみましょう.
V=R3 において,{e1,e2,e3}(標準基底)は V を生成します(m=3).ここで {w1,w2,w3,w4} が線形独立であると仮定すると,Steinitz の定理から 4≤3 となり矛盾します.つまり R3 では4本以上のベクトルは必ず線形従属です.
R2 の生成系 {e1,e2} と線形独立系 {w1}(w1=(3,2) とする)を考えます.Steinitz 交換定理の証明は,実際に生成系の元を入れ替える手続きを示します:w1=3e1+2e2 なので,e1 を w1 に置き換えて {w1,e2} としても R2 を生成できます.実際,e1=31(w1−2e2) なので,元の生成系で書けたベクトルは新しい系でも書けます.
3 次元の定義
Steinitz 交換定理から,次の系が導かれます.
ベクトル空間 V の任意の2つの基底は,同じ元数を持ちます.
基底 B1={v1,…,vm} と基底 B2={w1,…,wn} があるとします.B1 は生成系で B2 は線形独立なので n≤m.逆に B2 は生成系で B1 は線形独立なので m≤n.よって m=n です. □
この一定値をVの次元dimVと定義します.
dimRn=n(標準基底 {e1,…,en} が基底)
dimPn=n+1({1,x,x2,…,xn} が基底.次数 n 以下の多項式空間)
dimMm×n(R)=mn(各成分に 1 を置いた行列 Eij たちが基底)
dim{0}=0(零空間.基底は空集合)
4 無限次元 — 自由度が「無限」の世界
有限個の基底を持たないベクトル空間もあります.
すべての実数係数多項式の空間 R[x] を考えます.{1,x,x2,x3,…} はこの空間を生成しますが,有限部分集合ではこの空間を生成しきれません(次数 N の多項式を生成するには少なくとも N+1 個の基底元が必要です).したがって dimR[x]=∞ です.
連続関数の空間 C[0,1] も無限次元です.フーリエ解析の「無限個の三角関数で関数を展開する」という考え方は,この無限次元性の反映です.
5 次元公式 — 部分空間の次元
次元は足し算ができます.ただし,注意が必要です.
V の有限次元部分空間 W1,W2 に対して dim(W1+W2)=dimW1+dimW2−dim(W1∩W2)
これは集合の包含排除原理のベクトル空間版です.
V=R3 で,W1 を xy 平面(dimW1=2),W2 を xz 平面(dimW2=2)とします.W1∩W2 は x 軸(dim=1)なので dim(W1+W2)=2+2−1=3=dimR3
つまり W1+W2=R3 です.2つの平面を合わせると全空間を生成するということです.
6 まとめ
「次元」とは基底の元数であり,その本質は「ベクトル空間を指定するのに必要なパラメータの個数」です.これが well-defined(基底の取り方によらない)であることは Steinitz 交換定理が保証しており,自明なことではありません.次元の概念があるからこそ,R2とR3が「本質的に異なる」と断言できるのです.