Jordan標準形 ― 対角化の先にある標準形
対角化できない行列に対する標準形としてJordan標準形を導入する.一般化固有空間,Jordan細胞の定義,最小多項式との関係,行列指数関数 e^{tA} の計算まで展開する.
1 動機 — 対角化の限界
すべての行列が対角化できるわけではない.例えばは固有値の代数的重複度がだが幾何的重複度がであり,対角化できない.
しかし,対角化できない行列にも「最も簡単な形」は存在する.それがJordan標準形である.
2 Jordan 細胞
定義 1 (Jordan 細胞).
と正整数 に対して
を 次のJordan 細胞(Jordan block)という.対角成分はすべて ,上対角成分はすべて ,その他は である.
例 2.
,,.
注意 3.
は 対角行列である.つまり対角行列は,すべての Jordan 細胞が である場合に相当する.
3 一般化固有空間
定義 4 (一般化固有空間).
を の固有値,代数的重複度を とする.
を の一般化固有空間(generalized eigenspace)という.
定理 5.
(代数的重複度に等しい).
定理 6.
の相異なる固有値を とし,各代数的重複度を とすると
(一般化固有空間の直和分解).
4 Jordan 標準形の存在
定理 7 (Jordan 標準形).
が代数的閉体(特に )のとき,任意の 次正方行列 に対して,ある正則行列 が存在して
となる.この右辺を のJordan 標準形(Jordan normal form)という.各 Jordan 細胞の順序を除いて,Jordan 標準形は によって一意に定まる.
例 8.
の固有多項式が であるとする.固有値 (代数的重複度 ),(代数的重複度 ).もし , ならば Jordan 標準形は
もし , ならば
5 最小多項式
定義 9 (最小多項式).
を零化する( を満たす)モニック多項式のうち次数最小のものを の最小多項式(minimal polynomial) という.
定理 10.
最小多項式は固有多項式を割り切る
最小多項式と固有多項式は同じ根(固有値)を持つ
が対角化可能 が重根を持たない
定理 11.
最小多項式は Jordan 標準形から決定できる:各固有値 について,最大の Jordan 細胞のサイズを とすると
例 12.
のとき,固有値 の最大 Jordan 細胞は ,固有値 は .よって .固有多項式は .
6 行列指数関数
定義 13 (行列指数関数).
を 次正方行列とする.
を の行列指数関数(matrix exponential)という.
定理 14.
Jordan 細胞の行列指数関数は
証明.
( は冪零行列,)と分解する. と は可換なので . より は有限和で計算できる. □
例 15.
連立微分方程式 の解は . のとき . のとき
ならば .
注意 16.
Jordan 標準形は対角化の自然な一般化であり,対角化できない行列に対しても行列のべき乗・行列指数関数を体系的に計算する枠組みを提供する.対角行列が「各方向への伸縮」を表すのに対して,Jordan 細胞は「伸縮 微小なずれ」を表す.このずれが, に現れる の多項式因子として反映されている.