内積が開く幾何の世界 ― 直交・射影・最小二乗法
ベクトル空間に「長さ」と「角度」を導入する内積の威力を実感します.Gram-Schmidtの手計算,直交射影,最小二乗法,フーリエ級数との繋がりを具体例で見ます.
これまでのベクトル空間では,「足し算」と「スカラー倍」しかできませんでした.「長さ」も「角度」も定義されていなかったのです.
内積は,ベクトル空間に幾何学を導入する道具です.
1 内積の定義
(対称性)
(線形性)
,等号は のときのみ(正定値性)
の標準内積は最も身近な例ですが,これだけではありません.
2 長さと角度
内積があれば,長さ(ノルム)と角度が定義できます:
特にのときで,とは直交しているといいます.
この不等式がの定義に意味を持たせています(を保証).
3 Gram-Schmidt の正規直交化
与えられた基底から正規直交基底を作る手続きが Gram-Schmidt の正規直交化法です.
各ステップで行っているのは「すでに決めた方向への成分を除去する」ことです.結果として互いに直交するベクトルが得られます.
4 直交射影 — 最も近い点を見つける
内積空間の最大の応用の一つが直交射影です.
部分空間に対して,点からへの直交射影は「の中でに最も近い点」です.
このときはに直交します.
5 最小二乗法
実験データに直線を当てはめたいとき,一般に全データを通る直線はありません(なら連立方程式は過剰決定系).
これをと書くと,はの列空間に入らないかもしれません.最小二乗法は「を列空間に射影したに対してを解く」ことです.
6 フーリエ級数への扉
関数空間に内積を入れると,は(正規化すれば)正規直交系になります.
関数を三角関数に「射影」することがフーリエ展開です:
は内積そのものです.つまりフーリエ級数は,無限次元内積空間における直交射影にほかなりません.
7 まとめ
内積は,ベクトル空間に「長さ」と「角度」を持ち込み,直交性・射影・最小二乗法といった強力な道具を使えるようにします.有限次元の最小二乗法も,無限次元のフーリエ展開も,内積空間の直交射影という同一の原理で統一的に理解できるのです.