剰余類が描く世界地図 — 商群の直感的理解
商群 G/N は群論で最初の壁です.Z/nZ の剰余類を書き出すところから始めて,D₄ の中心による商群,S₃ で正規でない部分群で割ったときの破綻を実際に計算し,「なぜ正規でなければならないのか」を具体例で理解します.
「商群」は群論を学ぶ中で最初の大きな壁です.教科書では正規部分群による剰余類を定義し,に群構造が入ることを証明します.しかし,が「具体的にどんな群なのか」はなかなかピンと来ません.この記事では,小さな群を実際に割ってみることで,商群の正体を掴みます.
1 最も簡単な例:
整数全体の群を部分群で割ります.剰余類は「で割った余り」で分類されるグループです.の場合:
ここで,,です.
各剰余類は無限集合ですが,足し算の辻褄が合います:(例えば).別の代表元を取っても同じです().
は可換群ですからは自動的に正規部分群であり,ここでは何の問題も起きません.問題が起きるのは非可換群です.
2 を割ってみる
二面体群の中心(全ての元と可換な元の集合)はです.は回転であり,どの操作とも可換です.
は正規部分群ですのでを作れます.剰余類を書き出しましょう:
つの剰余類からなる位数の群です.積を計算してみます:
:代表元とを取るとです.別の代表元とを取るとです.どちらも同じ剰余類に入ります — 正規部分群なので当然ですが,実際に確認すると安心します.
:.つまり(単位元)です.同様に,も確認できます.
全ての元が位数(自乗すると単位元)の位数の群 — これはクラインの四元群です.元の非可換群が,元の可換群に圧縮されました.
3 正規でない部分群で割ると何が起きるか
ここが教科書の行間です.の部分群で割ってみましょう.はの正規部分群ではありません.
左剰余類を計算すると(,なのでつです):
さて,との「積」を定義したいのですが,ここで問題が起きます.
代表元とを取ると:
代表元とを取ると:
代表元の選び方によって結果が異なる剰余類に入ります.これでは演算が定義できません.
実際に正規性の条件を確認すると,ですから,は正規ではありません.
4 正規性が保証すること
(が正規部分群)のとき,任意のに対して(左剰余類と右剰余類が一致)が成り立ちます.
この条件のもとで,が代表元によらず定まることを見ましょう.,()のとき
5 の正規部分群で割ってみる
には正規部分群もあります.(交代群,偶置換全体)は指数の部分群ですから自動的に正規です.
偶置換のクラスと奇置換のクラスのつからなる位数の群です.です.
6 商群で見えてくるもの
商群はの元の違いを無視したの「粗い見方」です.いくつかの例を並べます:
— 整数を の倍数の差を無視して見る(位数 の巡回群に圧縮)
— 置換を偶奇だけで見る
— から 回転の区別を捨てて見る
— 行列を行列式の値だけで見る
元の群が大きく複雑でも,商群はしばしば扱いやすい群になります.この「段階的な単純化」は群の構造を分析する基本手法であり,Jordan-Hölder の定理(群の「素因数分解」)の出発点になります.
7 まとめ
商群は,の元の違いを無視してを粗く見た群です.演算が代表元によらず定まるためにはが正規部分群でなければなりません.の非正規部分群で割ると実際に破綻し,正規部分群で割るとがきれいに現れます.小さな群を手で計算することで,商群は抽象的な概念ではなく,群の構造を読み解く具体的な道具であることが実感できるはずです.