なぜ行列を掛け算するのか ― 線形写像が行列になるとき
行列の積の定義が「あの形」になる理由を,線形写像の合成から説明します.具体的な写像の合成を手計算し,行列の積が自然に現れる過程を体験します.
行列の積の定義を初めて見たとき,多くの人がこう思うでしょう:なぜこんな複雑な掛け方をするのか?
,のとき,
成分ごとに掛けた方がずっと簡単そうです.しかし,行列の積がこの形になるのは,「線形写像の合成」を表しているからなのです.
1 線形写像を行列で表す
線形写像を考えます.基底に対する像がわかれば,は完全に決まります.
つまり,行列とは線形写像を基底を使って数値化したものです.基底の像を列ベクトルとして並べたものが表現行列になります.
2 行列の積 = 写像の合成
ここが核心です.2つの線形写像を続けて適用する(合成する)ことを考えます.
この計算をよく見てください.の行列の成分を求めるには,の第行との第列の内積を取っています.これがまさに行列の積の定義です.
完全に一致しています.
3 サイズの制約も自然にわかる
行列と行列の積がのときだけ定義される理由も明快です.
()は写像を表し,()は写像を表します.合成が定義できるのはの行き先との定義域が一致するとき,つまりのときです.そして合成は行列になります.
4 結合法則の正体
行列の積の結合法則は,写像の合成の結合法則の反映です.写像を3つ続けて適用するとき,どの2つを先にまとめても最終結果は同じ — これは当然のことです.
5 の直感
行列の積が一般に非可換()であることも,写像の合成として理解すれば自然です.
6 基底変換 — 同じ写像の別の顔
同じ線形写像でも,基底の選び方を変えると表現行列が変わります.基底から基底に変換する行列をとすると
7 まとめ
行列の積が「あの形」になるのは偶然ではありません.行列は線形写像の表現であり,行列の積は写像の合成に対応しています.サイズの制約,結合法則,非可換性——これらすべてが,写像の合成という幾何学的直感から自然に理解できます.行列を単なる「数の表」ではなく「写像の代理人」と見ることが,線形代数を理解する鍵です.